大日本窯業協会雑誌 T11.6.20./大熊喜邦「煉瓦の規格」

原文:https://www.jstage.jst.go.jp/article/jcersj1892/30/358/30_358_276/_pdf/-char/ja

JES制定のための予備調査の報告 by 大熊喜邦。もとは建築雑誌T10.7.号に掲載されたもの。JES赤煉瓦の寸法が210×100×60mmというサイズに決まった流れが書かれている。曰く

(ハ)在来煉瓦寸法の更新 煉瓦の寸法は在来に於て略一定され居る様であるが※1、今日に於て其品等と共に寸法を規定する規格を極めて置かなければ将来乱雑になる恐れがある。而して現在の寸法を改めるに関して何を目標して考えなければならぬかといえば(一)現在の寸法より大きくすることは焼成不充分の点。取扱上の不便の点から不利益であることは一般の認むる所である。(二)現在の煉瓦の幅三寸六分は、本邦の煉瓦職工殊に手伝女人夫が取扱う上から見て少しく広過ぎ今少しく縮小する事を必要とする。現在に於ては前に掲げた表(管理者注:某工場で作られた製品の実測寸法の表)から見ても正三寸六分のものは少く大抵縮小されて居る為めに大なる不便を感じて居らぬが三寸六分より小さくなる事は取扱上慥かに利益である。(三)現存の煉瓦の厚二寸は焼成の点から見て適当である。これを薄くするときは曲りを生じ、これを厚くするときは焼度不充分となり又は割れを生ずることは試製の結果からでも明瞭である。(四)煉瓦の寸法を定むるに、「メートル」法の実施を目前に見て、在来の日本尺を用いるのは徒らに複雑となる計であるから、「メートル」法に依り寸法に端数を付けない様にすることが将来の利益で且便利である。

※同雑誌T1.10.(?)小林作平「普通煉瓦業に就て」には、大正10年度の調査の結果として「現今では殆ど東京型と称しまして(略)其の他の形のものも少しは有る様でありますが極めて少ない様であります」。その前年くらいに煉瓦生産数はピークを迎え、下降していく。

主にメートル法施行に伴う制定だったと思われるが、幅を狭くする&端数を出さないという点から幅10cmが決まり、そこから目地厚さ1cmとして長21cmが決まり、厚2寸の端数を捨てて6cmとなったということ。2寸でないと曲がるというのは、東京の土を念頭に置いた記述と思われる。関西の土では厚1.8寸でも問題なく焼けていた。

この中で「手伝女人夫」の手の大きさを基準にしているのは注目すべき。煉瓦製造業に女性や子供の参画が多かったのは事実で(c.f.『北海道庁統計書 第28囘 第2巻』(T5)など年齢ごとに職工数を計数している資料。男女数だけなら『工場通覧』でもわかる)、しかし不思議なことに耐火煉瓦工場では女性の参与が少なかった。少なくとも大阪では。『煉瓦女工』は耐火煉瓦工場で働く女性の話なんだけど。

この報文には旧来サイズの表、諸外国のサイズの表が掲げられているが、大高庄右衛門「煉瓦の形状に就て」(『大日本窯業協会雑誌』No.159、明治38年(1905))の寸法と若干違う。上段は喜邦リスト、下段は大高リストの数値。

名称

長(寸)〔cm〕

幅(寸)〔cm〕

厚(寸)〔cm〕

旧山陽形

7.5〔22.7〕

3.6〔10.9〕

2.2〔6.7〕

(山陽形)

7.5〔22.7〕

3.55〔10.7〕

2.3〔6.97〕

山陽並型

7.3〔22.1〕

3.5〔10.6〕

1.7〔5.15〕

(山陽新形)

7.2〔21.8〕

3.45〔10.45〕

1.7〔5.15〕

鉄道並形

7.5〔22.7〕

3.6〔10.9〕

1.8〔5.43〕

(作業局形)

7.5〔22.7〕

3.6〔10.9〕

1.85〔5.6〕

在来型

7.5〔22.7〕

3.6〔10.9〕

2.0〔6.05〕

(東京形)

7.5〔22.7〕

3.6〔10.9〕

2.0〔6.06〕

スペースの都合で厘を略したのかも知れないがど、1分違うとやはり大きく違うように見えてしまう。とはいえ実製品では長さで4分、幅で2分5厘、厚さで1分5厘強以内の寸法の相違はあった(上記喜邦報文)し、規格の観念が希薄だった時代のことゆえ、上記数字がどんだけ効力を持つものなのかは定かでない。

少なくともこの頃には「並型」が省略されてしまうほどに衰退していたことも注目したい。大高もM39に東京型に統一しようと呼びかけていた。

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