若井煉瓦(井桁若)

井桁の中に「若」の文字。その印影から若井煉瓦(若井製造所)の製品印と考えられる。明治20年設立の有限責任成金商社から明治21年9月に若井源左衛門の個人工場となったもの。

明治22年着工・同23年竣工の由良要塞生石山第一砲台・第二砲台、明治22年3月着工・同24年竣工の大阪鉄道芝山トンネル、神戸市外国人居留地の境界壁に使用例あり。また工場所在地の堺市神明町西2の近辺で転石が採取されている。井桁の形状や陰刻・陽刻でバリエーションがある。

若井煉瓦は明治21年12月設立の堺煉瓦製造業組合には加盟しなかったが、かえってそのような非加盟会社のほうが延命したようである。明治29年度には年額262万9500個/1万8177円57銭の製造実績(朝日新聞東京版1897年4月15日朝刊6面)。文献では明治30年頃まで操業が確認できる。

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