関野煉瓦”▲”刻印
関野煉瓦工場は大正5年(1916)3月創業。兵庫県印南郡の”煉瓦工場パンデミック”の口火を切った存在である。初期には赤煉瓦を、後に耐火煉瓦も製造した(社名も「関野耐火煉瓦株式会社」に変更?@『工場通覧』大正10年版)。大正10年4月2日には工場主関野与平が”▲”マークの商標を取得(商標第127256号)、実際にそのような刻印の入った普通煉瓦が見つかっている。かつては豊中市岡町住宅地の一角でも見ることができた。
関野与平は大正煉瓦設立にも関与し同社取締役に就任している(大正7年『帝国銀行会社要録 : 附・職員録(第7版)』)。関野工場は昭和18年に播州煉瓦合同に合流し同社関野工場となった。昭和33年からはコンクリートブロック製造に着手、同47年頃まで『工場通覧』には掲載されている。