播州煉瓦合同 ヲ

昭和3年に印南郡の3つの煉瓦工場(播陽窯業、中播煉瓦、山本窯業所)が合併して成立。『帝国商工録』昭和8年度版には社章として”ヲ”の字が掲げられており、実際高砂市域を中心に刻印煉瓦が多数見られる。ただし播州煉瓦合同の後継会社である(株)バンレンでは「三社が合同したことを示す」三本線の社章を用いていたとされ、現バンレンでもそれを社章としている(下写真。現バンレンはプレキャストコンクリート製品を製造している)。操業初期には「ヲ」を使い、後に三本線社章に改めたのかも知れない。

昭和3年の設立時には山本窯業所を引き継いだ中筋工場、中播煉瓦曽根工場→播煉曽根工場、そして別所村の播陽窯業を引き継いだ別所工場の3工場があった。中筋工場以外は数年のうちに廃止あるいは他者に譲渡され、その一方で関野煉瓦工場を引き継ぎ関野工場(第二期曽根工場:S18頃)としたり、戦後には志方町の新和窯業を合併し志方工場とする(S41)など盛んに活動をしている。他工場との役員の行き交いも盛んで、昭和以降の印南郡の煉瓦製造業を牽引した存在といってよいだろう。


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