大阪窯業 舗装煉瓦

大阪窯業では大正9年頃から舗装煉瓦の研究が始められ、同10年に実用化。大阪府知事公館前や大阪府中央卸売市場の構内舗装に採用されたといい(『大阪窯業株式会社五十年史』)、実際谷町周辺や西九条では今でも舗装煉瓦の転石を多く見る。舗装煉瓦の製造研究を行なっていた貝塚工場跡では平に大阪窯業マークとディンプルが刻まれたものが、熊取市中家住宅の外周壁には「1923」という製造年の入ったものが使用されており、これらが最初期の舗装煉瓦と考えられる。後年量産された舗装煉瓦は厚8cm・幅10cmほどの直方体で、表面は平滑か平に一筋の凹みを有する(後者は急勾配の坂道に採用された)。大阪窯業マークは小口に打刻されている。

舗装煉瓦を実用化させた直後に関東大震災が発生し、その復興建材として大々的に採用されたのは、大阪窯業にとっては不幸中の幸いであった。ただ舗装煉瓦特有の欠点(稜が欠けやすく、その破損が隣接煉瓦に波及して同様に割れてしまう)を解決することができず、やがてはアスファルト舗装やコンクリートブロックによる簡易舗装に取って代わられることになる。


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