”○+カナ”印(市古工場識別印)

関西圏では湖東線海三場川暗渠でのみ見られる小口印。元を正していくと東海道線で最初に竣工した暗渠である前田面暗渠やその次の茶屋松暗渠などに大量に使用されていることが突き止められた。特に梶田避溢橋では〝○+英字〟刻印煉瓦との共使いがみられ、かつこの○と〝○+カナ〟印の○のサイズが全く一緒であることから愛知県碧海郡の市古工場が使用した識別印であったことがわかる。

名称

着工
(『財産目録』)

竣工
(『明細録』)

使用状況
前田面暗渠

M19.5.

M20.4.

○+カナ

茶屋松暗渠

M19.5.

M20.5.
(『財産目録』M20.3.)

○+カナ、□+カナ

木曽川橋梁

M18.10.

M20.6.
(『財産目録』M20.5.)

□+カナ(□ニ□子

(山田下暗渠)

M19.5.

M20.8.
(『財産目録』M21.9.)

○+英字(Ⓑ、Ⓓ、Ⓕ、Ⓘ)

梶田避溢橋

M20.1.

M20.12.

○+カナ、□+カナ、○+英字(Ⓐ~Ⓓ)

海三場川暗渠

M21.3.

M21.7.

○+カナ(㋛)

※『各省所管官有財産目録』の天竜川以西~熱田間の着工年月は区間着工年月を掲げてあるようなので精度は低いと見るべき。

使用暗渠・橋梁の着竣工年と使用状況の関係を見ていくと、最初期には〝○+カナ〟で製造を始め、すぐに〝□+カナ〟を追加し、さらに〝○+英字〟を使用するようになっていった姿が浮かび上がってくる。山田下暗渠以降に竣工した愛知県下の煉瓦拱橋はいずれも〝○+英字〟印のみが検出されるので、最終的にはすべて〝○+英字〟印に切り替わったのだろう。だのにそれらより後に竣工した湖東線の海三場川暗渠で〝㋛〟印が検出されるのは興味深い。東海道線工事の初期に納入され、資材置場の片隅に残っていたものが、湖東線を建設する際に在庫一掃され、滋賀県まで運ばれることになったのだろうか。湖東線では〝○+英字〟を打刻した普通煉瓦は比較的多く見られるが、肉厚煉瓦の小口印はほとんどなく、〝○+カナ〟に至っては海三場川暗渠の〝㋛〟印ただ一つだけである。

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