明治44年 煉瓦会社の暗闘(煉瓦製造業組合の解散と再興の模索)

●煉瓦会社の暗闘 大阪窯業、岸和田、堺、日本、丹治、津守六っ煉瓦会社は数年前より同業組合を組織し規約の下に営業し来りたるが本年五月宇治川水力電気会社より多額の注文ありたるに際し窯業は予約に違背し協定価格以下を以て落札したる上這は別物なりとて分配をもなさざりしに由り他会社の忿怨を招き遂に組合を解散するに至りしが爾後主なる会社は窯業に対し連衡的対抗を初めたる為窯業は近頃却って不利益を感じ組合再設を冀望せるも今更他会社に要請するも大会社の面目に関する次第なれば此の程丹治、津守、日本等の小会社を説き廻り表面小会社より主唱するが如く装わんとて密に運動せる由なるが岸和田にては如何なる申込に対しても断じて応ぜざる模様なり因に鉄道院東部管理局より洪水被害地に於ける復旧工事用として多大の注文ある由にて此の程同局経理部は吏員二名を派遣し窯業、岸和田、堺三会社に就き生産額及び現在品の取調べを為したり(十月二十三日)

『工業之大日本』第7巻第11号 p.7

組合に加入した会社の間で価格カルテルを結び、煉瓦価格の下落を抑えるかわり、落札社から他社に対して幾許かを渡すことになっていたようである。組合設立当初の規約にはない機能。その約定を大阪窯業が破ったために組合が解散したことがわかる。このことは当然社史には書かれていない。そうか、T4の減産協定は組合で行なったものではなかった。

https://bdb.kyudou.org/?p=13981

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