大野煉瓦 ”井桁+三五”@愛知川橋梁橋脚遺構

P7~8間遺構。同じ遺構に井桁菱パターンもあり、明治20年代初頭には両者が混用されていたことがわかる。なお井桁菱漢数字は〝廿七〟の例があり、一方で〝井桁+十六〟の検出例もある。必ずしも番号の大小で菱井桁/井桁が使い分けられていたわけではないようだ。

〔検出:2026-10-21〕

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