縦三本線刻印(加藤春吉商店?)
岸和田市住宅地の溝で検出。太め・同長の三本線が刻まれる。縦三本線は愛知県東春日井郡高蔵寺村の加藤春吉商店屋号(『帝国商工信用録 昭和14年版』)で、同社の縁故の方から「うちの製品ではないか」との情報をいただいた。三本線刻印は他にも検出例があるが、線の長さが不統一で漢数字”三”を意識したものと思われるものが多い。そのような中で該刻印だけは特異な同長三本線である。
加藤春吉商店は耐火物や耐火原土、瀬戸陶器屑(これも耐火物原料となる)の販売をしていた会社で、明治17年に三重県桑名に興った発進舎の製品を伊勢勝白煉瓦(後の品川白煉瓦)に納入したのが始まりという。伊勢勝白煉瓦には瀬戸産の耐火原土も納入していた。後年岡山県三石の三石耐火煉瓦株式会社が興るとその製品の販売代理店も務めたそうである(屋号の三本線は三石耐火煉瓦の社章からヤマを抜いたものと伝わっている)。さらに大正5年6月には高蔵寺村大字高蔵寺に中央耐火煉瓦製作所を設立、同社は昭和25年には中央窯業株式会社と改名し今日に至っている。
発進社では赤煉瓦も製造しており、加藤春吉商店はこれを関西地方に販売していたとのこと。また中央耐火煉瓦製作所も副業的に赤煉瓦を製造していた記録がある(例えば『日本工業要鑑. 大正15年度用(第16版)』等)。ただし中央耐火煉瓦時代以降赤煉瓦に自社印を刻することはなかったとのことで、該煉瓦の刻印は職人が自発的に刻したものかも知れない(あるいは発進舎時代の製品?)。