堺煉瓦@天理軽便鉄道 阿波開渠

天理軽便鉄道築堤を横切る水路に。斜交するが斜めには作られていず、二段の階段状の直交橋台が並ぶ。畦道に合わせて切り下げられた断面や付近の転石に堺煉瓦刻印や(推)丹治煉瓦の〝右ズレ〟印がみられる。堺煉瓦印は五本線のバランスが悪かったり線が極端に細かったりする後期型。天理軽便鉄道は大正2年12月に法隆寺方から工事を始め同4年1月に開業したとされるので、堺煉瓦の末期の製品が使われていることになり、その頃の刻印がこれだという想像を裏付ける物的証拠となる。(堺煉瓦はT2.2.に大阪狭山市に新工場を設けた。工場跡周辺でもこれに似た乱れた五本線刻印を検出しているが、より乱雑で適当な印である)。

堺煉瓦製品のうちのひとつは〝H〟と読める添印あり。この組み合わせのパターンは初見。煉瓦寸法はtypicalな東京形、白斑含有が目立つ。

〔検出:2026-09-16〕

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