第3404号
「ホフマン」窯の改良
此発明は「ホフマン」式輪環窯の焔道並に其乾燥装置の改良にして即ち中央に煙突を具うる輪環窯を数室に分割すべき様形成し其各室の上下には相対向することなき様数多の小孔を縦貫し上部の小孔は其側面を梢路に依りて枝道に通じ其枝道は或は輪環路に或は主煙道に通すべくし又下部の小孔は前の如く其側部を梢焰路に依りて枝焰路に通じ更に之を主煙道に通すべくし且つ其各室の枝焔道は縦孔によりて輪環路に相通すべくし其各通口には悉く弁を具えて開閉自在なるべくして成る「煉瓦焼」窯の改良に係り其目的とする所は煉瓦焼成前に於ける乾燥をして全部均一ならしめ之を焼成するに際して湿気より起る有害作用なからしめ且つ其焼成の熱度を均一ならしめて製品に不同を生ずるの虞なからしむるに在り
別紙図面は本装置の構造を示す即ち其の第一図は全半部を水平に切断して見たる頂面図第二図は縦に切断して見たる端面図全半部を縦に切断して見たる側面図なり
右諸図に於て同じ符号は同じ部分を示すものとす
本装置大体は「ホフマン」氏の輪環式なりと雖も其焔道並に乾燥装置は本願の改良発明にして在来の種々の構造に比して大に異なる所ありとす即ち輪環窯(イ)を数室に分割し得べき様に作り其一室を形成する毎に側面に出入口(ロ)を設け其中央に煙突(ハ)を樹てたる等は在来のものに同じとす而して其形成せる各室毎に其頂に数多の小孔(ニ)を穿ちて石炭投入口となし該小孔(ニ)には一々蓋を具え該小孔は其側面に於て梢路(ホ)に通じ各梢路(ホ)は又枝道(へ)に通じて枝道(へ)は主炎道(ト)及び輪環路(チ)に通じ其各通口には弁(リ)(ヌ)を各別に設け輪環路(チ)は輪環窯(イ)の上部に並行に具えたるものあり而して又輪環窯(イ)の床には数多の小孔(ル)を穿ち該小孔(ル)は其頂上の小孔(ニ)と相対向せざる様即ち互の中間に相向う様に設置するを可なりとす而して此小孔(ル)は前の如く梢焰路(ヲ)枝焔道(ワ)に依りて主演道(ト)に通じ其枝焔道(ワ)と主焔道(ト)の通口(レ)には弁(カ)を具う而して輪環路(チ)と枝焔道(ワ)とは縦孔(ヨ)を以て相通すべくなし其通口には弁(タ)を具えたり
本装置を使用せんには普通の輪環窯に於けるが如く焼成せんとする煉瓦素地を窯内に適当に積み其一室毎に紙を貼り以て境界となし或は一室の頂上の小孔(ニ)より粉炭を投入するものとす而して此粉炭の燃焼して発する火焔は次の両三室以上の堆積せる原品間を通過して之を焼き其煙は主煙道(ト)に逸せしむ即或任意の室限りにて其煙を逸出せしめんとするときは其室の枝焔道(ワ)の弁(カ)のみを開き他の縦孔(ヨ)の弁(タ)及び其焔道の通過する各室の枝焔道の弁(カ)は閉鎖し置くべし然るときは火焔の通過する部分は順次に燃焼さるるなり依りて最初の室の煉瓦素地が焼成せるを窺いたるときは前に開きたる最終室の枝焔道(ワ)の弁(カ)は閉じて其次室の弁(カ)を開き其室を最終となし該室より煙を逃逸せしめ此の如く順次に各室に移り焼成するものとす然して之に供給する空気は燃焼を終りたる前室を通過し来る熱風にして其火焔は最終の室の床上の数多の小孔(ル)より吸収され枝焔道(ワ)より主煙道(ト)に通ずるものとす又其燃焼されざる他室に堆積せる煉瓦素地は之を燃焼せんとする前已に乾燥し置くものとす之を乾燥せんには其已に燃焼し終りて之を冷すの必用ある室を通過し来る空気をして其室の頂上の小孔(ニ)より梢道(ホ)乃枝道(へ)を通して逃散せしめ其室に於ける弁(タ)を開き弁(リ)は閉じ之に反して其乾燥を要する室に属せる弁(ヌ)は閉じ弁(リ)は開き且つ縦穴(ヨ)の弁(タ)を開き枝煙道(ワ)の弁(カ)を閉づるなり然るときは其暖風は其暖風輪環路(チ)を通じ縦孔(ヨ)より窯室内の床下の枝煙道(ワ)梢煙路(ヲ)より小孔(ル)ヲ通じて其内部の体積せる煉瓦素地間を通じ上方の小孔(ニ)を通じ其梢路(ホ)枝道(へ)を経更に弁(リ)を経て主煙道(ト)に逸出し以て之を乾燥するものとす
従来施行せる「ホフマン」窯に於て多少乾燥せる煉瓦の素地を窯内に堆積し更に焼成の余熱を以て其焼成前に於て予め充分乾燥することは公知なりと雖も其余熱即ち熱したる空気の流通は或一小局部に止り室内全部を乾燥し得ざるを以て尚焼成の際湿気を発生し有害なる作用を誘起することあれども本装置は多数の小孔より全室内平等に其下方より発散し来る暖風の為め均等に其素地に触接し且つ上方の小孔(ニ)各所より再び均等に吸収さるるを以て室内平等均一に乾燥さるることなり加之「ホフマン」窯に於て燃焼の発生物を吸引するに窯の一隅に建設せる一個の焔道に止まるを以て室内熱度は均一ならざるの缺点あれども本願はその床下に数多の小孔(ル)より吸収すべくなせるが故窯内熱度は均一にして煉瓦の焼成に不同を生ずるの虞なし
特許条例に依り自分が此発明の保護を請求する区域を左に掲ぐ
一 本書に詳記せる目的に依り本書に詳記せる如く輪環窯(イ)を数室に分割し得べき様形成し其各室の側面には出入口を設け且各室とも其上下に相対向することなき様数多の小孔(ニ)(ル)を縦貫し上部の小孔(ニ)の側面は梢路(ホ)枝道(へ)に依りて主煙道(ト)及輪環路(チ)に通ずべくし其通口には各別に弁(リ)(ヌ)を具え下部の小孔(ル)の側部も又梢焰路(ヲ)枝焔道(ワ)に依りて主煙道(ト)に通ずべくしこの枝焔道(ワ)縦孔(ヨ)に依りて輪環路(チ)に通ずべくし其各通口には弁(カ)(タ)を各別に具え主煙道(ト)は煙突(ハ)に通ずべくして成る「ホフマン」窯の改良
千葉県山武郡大富村大字富田57番地原籍
岡山県和気郡三石村大字三石227番邸寄留
平民 煉瓦専門技師
発明者 大高庄右衛門
通常のホフマン窯でも主煙道と小煙道(副煙道)を設け、焼成を終えた房から焼成前の製品を積んだ房へ熱い空気を送って乾燥を促すと同時に熱量を有効利用することを図っていたが、小煙道は投炭孔と都度都度連結される設計だったので―――「ホフマン氏楕円形赤色煉瓦窯ノ解説」『農商工公報 (分析報文第1册)(號外)』(明治20年)では窯上部に開けられた小煙道に通じる弁と投炭孔とを箱を被せて連結すると説明されている。焼成房が移ればそれに合わせて移動させる必要がある―――その作業が手間であった。また主煙道は排気のみに使われ熱の大半が窯外に排出されることになる。
大高の改良ホフマン窯は焼成房・主煙道・小煙道を連続的に接続し、各煙道の口に弁を設けてこれを操作することで房間の熱輸送を確実にしたところに肝がある。また焼成房の床に火格子を設けそこから排気を行なうことで房内の熱の流れを均一にすることもできた(従来のホフマン窯では熱が均一に行き渡らず予熱の際に結露を生じて煉瓦表面を汚してしまうことが多かった)。小煙道に取り込んだ空気を窯の外に導き、これを使って素地を乾燥することも可能になり(ホフマン窯の上に乾燥室を連ねる形)、天候に左右されずに素地を乾燥させることができるようになったのも大きい。
なお、国内に建設された「ホフマン窯」でホフマンの特許にあるような小煙道の構造を持つものは稀であった。現存する日本煉瓦製造や下野煉瓦製造所、中川煉瓦、神崎煉瓦などの窯はいずれも小煙道を有さず、厳密に言えば単純な輪窯でしかない。兵庫県播磨地方で可動していた窯も小煙道のような熱輸送の設備を備えていなかったことが兵庫県商工労働部編『赤煉瓦産地診断報告書』(昭和32年)にある。
(1858年にオーストリア人のFriedrich Hoffmannが取得した最初の特許は副煙道を有さない円形プランの連続輪窯であった。その後も改良を加え続け、副煙道を採用した輪窯の特許を1870年に取得している。SHIRE LIBRARY CLASSICS ”BRICKS AND BRICKMAKING” pp.23-24 参照。1870年にホフマン事務所が設計した窯には確かに副煙道が描かれている。前者の特許を「ホフマン窯」と呼ぶか、後者を呼ぶか、という問題か)