東洋組 ”瓦磚製造所”印@猿島砲台

”瓦磚製造所”印のある構造物の別の場所、長手に2箇所、試し押しの如くに打刻。傾いた状態で打刻されているため上端部のみ写っている。

東洋組は創始の頃に陸軍省から131万2000個の受注をし、そのうち70万個あまりを西尾分局の開局以前に納入済みであったことが愛知県蔵公文書から判明している(『貸下金決議留』〔75‐3、29〕)。その頃に製造した煉瓦に用いられていた印と推定される。

この煉瓦やもう一つの”瓦磚製造所”印煉瓦は赤煉瓦色によく焼けていて金雲母は見られない。一方猿島ビジターセンターの展示品にある”瓦磚製造所”印煉瓦や、砲台を構成している煉瓦の大半は生焼け色の胎土で金雲母結晶を顕著に含有している。これは土が異なるのではなく、赤く発色するほどの高温で焼いたために結晶が変性して目につかなくなったもののようである(深見利佐子『猿島砲台跡における明治初期の国産煉瓦保存のための物性調査』によれば、東洋組製品の示差熱分析(50℃~1000℃)の結果、高々900℃で焼かれたらしいことが判明している。また示差熱分析の前後で粉末X線回折を行なうと加熱後に雲母のピークが消失するという。加熱により脱水反応が起こって雲母結晶がアモルファス化したのだろう)。東洋組の後継工場の製品も赤く焼けたものには金雲母は確認されない。

https://bdb.kyudou.org/?p=13939

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