阪府授産所刻印

大阪府が明治5年に設置した「阪府授産所」で製造されたと考えられる煉瓦。府の江之子島庁舎跡発掘で検出された。大阪府下では泉布観で発見されている「YEGAWA」「Sugimoto」印(造兵寮建設用に製造された煉瓦)に次いで古い刻印使用例。

阪府授産所は明治元年に清水谷(現・天王寺区)に設けられた「救恤場」、同5年の「大貧院」の流れを組む公立の授産施設で、5年8月に難波新地に創設された「出張授産所」にて煉瓦や陶器が製造されるようになった。「類聚大阪府布達全書 第1編第3巻」には明治6年8月12日付で授産所開設の達書あり。江之子島庁舎は明治7年に完成しており同所の製品が用いられた可能性は充分に肯んじられる。

府が煉瓦製造の業を教授した背景には、当時煉瓦製造が興り始めた頃で、製造者が寡占をいいことに横暴を働く傾きが見られたため汎く煉瓦製造業を広めてこの弊害を一掃しようという考えがあった(「明治大正大阪市史 第4巻 p.655)。難波新地六番町(難波村新川)に設けられた勧業場はM6.8.に「第二勧業場」となり、明治11年3月に藤田伝三郎に払い下げられるまで煉瓦製造を行なっている(前掲市史)。藤田所有になってからの存続期間は定かでないが、読売新聞M15頃の記事に盛んに拡大を行なった記事がある。最終的には(初代)阪堺鉄道の建設に伴って廃止されたと考えられる(明治18年12月27日開業。おそらく同線の敷地に利用されたのだろう。同じ難波新地六番丁にあった藤田組の靴製造場も鉄道線路にあたるため移転する計画があるとの記事が『日本立憲政党新聞』M18.6.10号にある。なお藤田伝三郎は阪堺鉄道の発起人の一人でもあった)。

江之子島庁舎跡から発見された阪府授産所煉瓦については大阪府文化財センター調査報告書第225集「旧大阪府庁舎跡」に詳しい。また大阪府教育委員会「大阪府教育委員会文化財調査事務所年報 11」(2007)にも概報がある。阪府授産所の印はここに掲げた漢字印のほか「HANFU./JUSANSIO.」という英字印があり、前者は印影分析から複数の印母が存在したことが確認されている。また刻印は小口に押されたものと長手に押されたものがある。

2024年11月、文化財センター所蔵の煉瓦を拝見した。所蔵煉瓦は黄土色~薄柿色の焼きの甘いものが多かったが、その寸法は 9-1/4 x 4-1/2 x 2-1/4 inch 前後にあり、インチ体系で製造されたことが強く推測された(採寸結果は現時点では未整理だがインチメジャーを当てると覿面にそうだとわかる。焼きが甘いものも焼けたものもこの寸法なのでこの寸法を意図して製造されたはずである)。而してこのインチ体系寸法は京都大阪間鉄道の煉瓦構造物でも確認されている。大阪で製造が始まった頃にはこの寸法体系がデファクトスタンダードとなっていたことを教えてくれるものである。

煉瓦の表面に無数の雲母が付着していたことも注目したい。表面に砂が多く付着しているところほど雲母の量が多く(胎土にめり込んだ状態で付着しており発掘地点の砂が付着したものではない)、その一方で胎土そのものにはほとんど含まれていないため、素地の剥離を促すために型枠にまぶした砂に含まれていたものと見られる。つまりその雲母が付着した状態で焼成されているはずで、それが変性せずに残っているということは焼成温度が800度程度でしかなかったことになる。やや赤く焼けたものは表面の雲母も目立たない(本サイト掲載煉瓦参照)。同じ時期に鉄道寮専属工場(後の原口煉瓦工場)で製造された煉瓦にはこうした雲母は見られないし、焼き色も充分に赤い。このことは、鉄道寮工場と阪府授産所とで焼成法が異なること、すなわち両者が技術的に独立して操業していたことを示すもので、既存工場(=鉄道寮工場)に対抗する意図で授産所での煉瓦製造教授が行われたとする『明治大正大阪市史』の記述を裏付けるものと言えるのではないだろうか。

なお拝見した煉瓦の9割方には顕著な裏平線があったが、左右両側にあるものや長手縁と平行でないものもあり、また長手縁からの離度もまちまちで、技倆の未熟を感じさせた。他方でこの傷を丁寧に補修したものや裏面全面を補修したものもあり、また平両面や平裏線を有する面に刻印を打刻したものなどもあって(発掘調査報告書 資料番号19など)、全体的に製造技倆の不統一感が強い。それも授産施設における製造であることの証左ではないだろうか。なお拝見した煉瓦は全形に近いものを中心に選択したが、長手に煉瓦を重ねて焼いた跡を有するものはなく、窯内の積み方にも異なるところがあった可能性が考えられた。ただしこれは焼成温度が低かったために焼き目の違いとして残ることがなかっただけかも知れない。

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