1.計測値から規格を推定することの困難さ
採寸値が既知の煉瓦規格寸法にぴたりと一致することは稀。同じ構造物に使われている煉瓦の数十個の平均値でも同様。なぜなら、
・同じ大きさの素地から作られた煉瓦でも焼成条件によって焼き上がり寸法が大きく変わる。滝大吉『建築学講義録』にも
製造場に由りては一二分位は大きなものも又寸詰りのものもあり亦同じ製造所にて造りたる品にても火の利きたる品と焼けの足らぬ品とでは同じく寸法に相異を生ずるものにして七寸五分の筈のものが七寸二三分位に出来たるものあれば七寸七分位の大きなものもある
とある。その中かから規格に合致するものを選んで使っていたとしても、全数検査を経たものでない限り、煉瓦ごとに採寸値が異なることは避けられないし、その平均値が規格の寸法に正確に一致するという保証もない。
・単体の煉瓦を複数箇所で計測すると、完全な直方体になっていないこと、すなわち長手・小口・厚の寸法が採寸箇所によって大きく変動することが知れる。長手については3mm前後、小口や厚は1、2mm程度の変動があるものである。焼成時の温度や火の当たり方が場所によって異なるため、焼き締まり方が均一でないことや、型枠から外したあと完全に乾燥するまでの間に天地換えや移動、整形といった処理があり、その過程で元の素地寸法が乱されている可能性が高い。
・単体煉瓦の最大長・最大幅(=規格に合致しているかどうかを検査する際に最も影響を及ぼすであろう寸法)は平中央で測った場合に得られることが多いが、構造物の煉瓦を採寸する場合はその箇所を計測することができない。長手面や小口面で計測した値をその煉瓦の寸法としてよいのかどうかという問題がある。
・そもそも規格寸法が判然としない。M35に大高庄右衛門が示した5種の規格が有名だが、その数値には疑義を挟む余地がある。またこの規格はM35頃に関西地方で流通していた主な規格を示したものであって、それ以前はどうであったか。また大高は尺寸単位で寸法を示しているが、もとはインチ単位でaim atしていた仕上がり寸法を尺寸に読み直したものと思われ、その読み替えによって生じる誤差もあり得る(インチ単位で設計・製造された素地と、インチ設計を尺寸に読み直したうえで製造した素地とでは焼き上がり寸法にも違いが出てくるはず)。※規格の問題については別項立て
2.問題解決のための”対厚比”
・『理想的な条件下で製造・焼成された煉瓦は三辺が等方的に焼き締まる』(素地の三辺比率を保持したまま焼き上がる)と考えられるので、長手・小口・厚の採寸値の比は焼成の度合いに関係なく一定の値をとるものと考えられる。すなわち長手・小口・厚の計測値の比をとり、そこから素地寸法なり規格なりをbackwardに知ることができる。少なくとも、例えば長手が強く焼き縮んだ煉瓦であれば、それに比例して小口や厚も焼き縮んでいるはずで、その比の平均値が素地寸法の三辺比に近づいていくことは期待してよいだろう。
・このとき、長手/厚比、小口/厚比をとり、それぞれを規格寸法の長手/厚比・小口/厚比と比較すると都合がよい。構造物に組まれた煉瓦の長手面で長手・厚を、小口面で小口・厚を計測し、それぞれの値で比を取って得ることができるからである(仮にその面が強火度によって強く焼き縮んでいるとしても縦横の比は保持されている可能性が高い)。
・幸いなことに既知の規格の長手/厚比、小口/厚比は比較的離散した値になる。例えば
規格名 | 長 | 幅 | 厚 | 長手/厚比 | 小口/厚比 |
東京形 | 227.3 | 109.1 | 60.61 | 3.75 | 1.8 |
並形 | 224.2 | 106.1 | 53.03 | 4.228 | 2.001 |
山陽形 | 227.3 | 107.6 | 69.7 | 3.261 | 1.544 |
監獄則*0.87 | 218.8* | 105.5* | 55.36* | 3.953 | 1.905 |
鉄道庁第二種 | 224.2 | 109.1 | 57.576 | 3.894 | 1.895 |
広島軍用水道 | 221.2 | 107.6 | 54.54 | 4.056 | 1.973 |
といった具合いに。
*監獄則では仕上がり寸法ではなく素地の寸法が示されている。8.3寸 × 4寸 × 2.1寸 。これが0.9倍に縮んだ場合には7.5寸 × 3.6寸 × 1.9寸 と東京形より1分薄い煉瓦になるが、実際には長手7.3寸まで縮んだもの=約0.87倍のものが多い。いずれにしても対厚比は素地寸法の比であり変わらない。
3.適用例
3.1 第三回内国勧業博覧会出品煉瓦の分析
・第三回内国産業博覧会に出品された煉瓦について、それぞれの寸法を使って散布図を描くと次図のようになる(縦軸:幅、横軸:長。□:愛知以東=東日本の出品、△:滋賀以西=西日本の出品)、規格値の周囲に疎らな分布となり、どの規格に従って作られたものか判断しにくい。
これを各品の対厚比で示し直すと各規格の周囲に濃厚な分布となり、それぞれの規格を意図して製造されたものだったことが読み取れるようになる。焼き縮み過ぎたり焼きが甘かったりしたものが多かったわけである。(出品煉瓦の寸法はセンチ単位小数点以下一桁で掲載されているので前後1mmの誤差があり得ると見なければならない。この場合、比の誤差は誤差伝播則から±0.06~0.08と計算される)
東日本の出品が東京形や監獄則規格の周囲に濃厚な分布となっており、その集団のなかに鉄道第二種規格が位置している。鉄道第二種規格はM42制定で、M34新永間市街線高架橋工事に採用された規格を踏襲したもの。第三回内国勧業博覧会の頃にはまだ設定されていなかった規格だが、逆にこの規格が、以前から関東で多く作られていた東京形や監獄則規格の煉瓦を包含するものとして設定されたことが窺える。関西の出品は並形周辺に緩やかなまとまりがあるが、大高が示した7.4 x 3.5 x 1.75 寸という寸法にぴたりと一致するものはかえって少なく(前図)、むしろそれをインチで近似した 8-7/8 x 4-1/4 x 2-1/8 ins.という寸法や、実際に流通していた煉瓦の平均値を参考にして定められた広島軍用水道の規格(7.3x3.55x1.8 寸、M32制定)の対厚比に近似されるものが多いように読める。
(中途)