”○サ”刻印(田中村窪煉瓦工場)

明治中期に和歌山煉瓦石会社の工場があった田中村窪(現:紀の川市窪)でかなり頻繁に見ることができる。在所内の路地路傍のほか、国道424号東方の果樹園の傍らにもこの刻印煉瓦が寄せ集められている一角がある(かつて窯があったとされる付近)。

そのような分布状況ではあるが、”○サ”刻印の煉瓦は和歌山市駅北方の駐車場の壁に機械成形煉瓦に押されたものがあり、”○サ”即ち和歌山煉化石(分工場)の刻印ではないようである。そもそも和歌山煉化石は”和歌山市駅北方の駐車場の壁はそれよりも明らかに新しく、宇田氏工場が廃されたのち日を置いて再び製造された煉瓦に押されたものかも知れない。

なお窪在所のうちには焼損煉瓦屑を積み上げた一角があり、こちらのほうが古い煉瓦の特徴を有している(手成形で歪みが大きい等)。


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